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2006年03月19日 | 東京 ☁

ゲームについて考える

どうぶつの森の面白さについて書く為の前フリ。
これも昔から書いたりしてきた事の再構築。

■ゲームとは何か
まずゲームとは何かというと、
ゲームというのはインタラクティブな方法論を使って感情的なゆさぶりを演出するメディアです:発熱地帯
この記事のタイトルがズバリだと思う。
ユーザーからの入力に対して演算をして出力する。
その繰り返し。


■入力と出力
ゲームはインタラクティブなもの。
プレイヤーが入力し出力を得る事の繰り返し。

入力するにあたってプレイヤーは思考や判断(意思決定)をする。
その結果として出力を得る。

この「出力」、さらにはその積み重ねが、プレイヤーの思考や判断の結果として納得できるものであるかどうか、というのはとても重要。
出力として得られた結果もしくは現状は、自分の思考の結果であると思えるものかどうか。

そこに実感が無い場合プレイヤーは思考する必要性を感じられない。
するとそのゲームはゲームでなく作業になってしまう。

「納得できる出力」とはつまり「手応え」だ。
「こうしたからこうなった」という手応え。

プレイヤーの入力に対し、ちゃんと手応えを与えるというのは面白いゲームの前提条件。

■ユーザーの独自性
手応えについてもう少し考える。

プレイヤーの思考・判断に基づく入力に対して、手応えのある出力を返す。
それが積み重なるとどうなるか。
自らの思考・判断が蓄積されていくわけだから、そこにはプレイヤーの独自性が生まれる、もしくは独自性を感じるのではないか。

自由度の高いゲームであれば実際に独自性が生まれる。
自分だけのデッキ、自分だけの戦略、自分だけのキャラクター。。。
当然本当に「自分だけ」な筈は無いのだけど。
自由度が高ければ高いほどそれに近づく。

逆に自由度が低いゲームではどうかと言うと、実際には独自性は無くてもそれを感じさせる事はできるような気がする。
例えばゼルダ。
実は結構一本道で、大抵の人が同じようなルートを辿る。
しかし随所に「自分だけ」を感じる。
謎解きの絶妙なバランス調整によるものじゃないかと思うけど。(適当)
他にもテトリスなんかでも意外と人によって攻略法が違ったり。

ゲームがインタラクティブなものである以上、インタラクティブなやり取りの先に生まれるこのユーザーの独自性というのは重要なんじゃないかと思う。
この要素が弱いというのは結局誰がやっても一緒→作業という事になるし。

プレイヤーから「手ごたえ」を奪うゲーム:発熱地帯
ボスを倒した「手応え」が無いんですよ。
肝心のとどめを刺す手応えをデモがプレイヤーから奪ってるんです。これ、始めのボス戦でしょう。ある意味、一番大切なボス戦ですよね。せっかく簡単にしても、それは初心者にもまず楽しさを知ってもらって、ゲームに入り込んでもらおうという意図ですよね。だったら、肝心の手応えの部分は、しっかり味わってもらわないといけませんよね。デモがプレイヤーの出番を奪ってどうするんですか?
この例では、大事な場面をデモにしてしまう事で、それまでのインタラクティブなやり取りも結局「用意されている何か」にたどり着くまでの作業になってしまうという事じゃないかと。

そういう方向性だって突き詰めていくと新しい発明があるかもしれないし、それ自体を否定するつもりはないけれど。
やはりゲームはインタラクティブなメディアなわけで。
この記事へのコメント
>ゲームとは何か
これはほぼ同意です。
ただ、私は相場とか討論もゲームだと思っているので
>インタラクティブな方法論を使って感情的なゆさぶりを演出するメディア
というより「インタラクティブ」そのものがゲームです。

ただ、独自性のくだりは疑問が残りました。
おもしろさと自由度と独自性は一緒にして考えないほうが良い気がします。

例えば「スペースチャンネル5」はここでいう独自性はありませんし
自由度なんかもほとんど無いですが
独創的ではありますし、おもしろいと思います。
他には「ベーシックスタジオ」はここでいう独自性がありますし
自由度は相当高いと思いますが
つまらないとは言わないですけど
それ自体に何かを求めるのが非常に困難です。

ボボコフさんも自身で書いてますが
>絶妙なバランス調整
が、重要なのではないでしょうか。

例えば
操作系統のバランス
インターフェイスのバランス
難易度のバランス
時間のバランス
想定の範囲に対してのバランス

ゲームにはアイデアが根底にあるのは当たり前なんですが
でも、私が時折思うのは
クソゲーでもバランスさえ調整されれば
それなりにおもしろくなるゲームが今までにいっぱいありましたし
逆にリメイクされてクソゲーになったのもいっぱいありました。

売れるゲームにはイメージが重要だと思いますが
おもしろいゲームにはバランスが重要だと思います。
Posted by ローゼンカバリー at 2006年03月19日 19:16
なんか鋭い指摘というか嬉しい反応です。

>「インタラクティブ」そのものがゲーム
そうですね。
僕はビデオゲームという限定的なイメージで書いたんですが、広い意味ではその通りだと思います。
ただ結果的にはやはりそれによって感情(感覚)が揺さぶられるからこそゲームなのかな?って気もしますけど。
そのインタラクティブの中のどこかに面白さを感じるわけですよね?

>おもしろさと自由度と独自性は一緒にして考えないほうが良い気がします。
イコールで考えてるわけではないんです。
なので自由度が低いと面白くないとか、高ければ=面白いとかそこまで単純には考えてないです。

それからあまりにも長くなりそうだったので端折ったんですが、前提として面白さには2種類あると思っていて。
より感覚的な「楽しさ」とより思考的な「面白さ」です。
この言葉の使い方が正しいのかどうかわかりませんが。

さらにスペチャンは未プレイなので何とも言えないのですが、「楽しさ」の要素が結構強いタイプなんじゃないか?というイメージがあります。
そしてやっぱり「手応え」はちゃんとあるんじゃないかな?とも思ってるんですがどうですか?
自分がやってる感、と言えばいいのかな?

>>絶妙なバランス調整
>が、重要
これももうホントその通りだと思います。
結局はバランスですから。間違いないです。

ただこの独自性(これも言葉の使い方が適切かわかりませんが)って結構重要な要素だと思っていて(必須ではなくても)、そういうニュアンスの話ってあまり聞かないのでちょっと頑張って書いてみようかなぁと。
Posted by ボボコフ at 2006年03月19日 22:56
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