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2006年04月14日 | 東京 ☁

「やればできる」について

「才能」の墓場から
良エントリ。
と言っても僕は高校の頃にはこういう事を自覚していたのだけど。
きちんとした形でそれを見聞きした事が無かったので
このエントリを読んだときはおおっ!と思った。

 大人にとっては、「やればできる人」になんて、何の価値もない。問題は「やる人」か「やらない人」か、あるいは、「できる人」か「できない人」か、ただ、それだけのこと。
まさにその通りだと思う。

僕は小学校の頃は結構成績が良かった。
家で勉強した記憶なんてほとんど無い。
授業聞いてれば点は取れた。
宿題とかはほとんどやらなかった。

中学になると途中で英語がまるっきりダメになった。
覚える事が多すぎるのだ。
授業聞いてるだけじゃ身につかない。
この頃から、担任や英語の教師に
「やればできるのに」
と言われるようになった気がする。
この頃はまだ、「その通り」だと思っていたような。

で、高校へ。
僕は普通の都立高。
子供の頃から一緒だった地元の連中は
皆別々の高校に進む。

多分この時に僕は悟ったんだと思う。
高校は偏差値でランク分けされていて。
どの学校に行くのかってのはどの位やったかって事だと。
僕はいい学校に行こうってモチベーションは
人生の中で一度も持たなかったので
これに気づいたからといって「じゃあやろう」とは思わなかった。
相変わらずやらなかった。
英語は相変わらず底辺の力しかなく、
全て赤点。

高校の三年間、
各3つの学期が終わる度に合計9回、
担任に親と一緒に学校に呼び出された。
そこで毎回必ず言われたのが
「やればできるのにやらない」

この頃にはもう、
教師がそんな無意味な事言っていいのか?
と思っていた。

やればできるのに、って事は
やってないからできないって事だ。
逆に多かれ少なかれ「やれば」誰だってできる。
「やればできる子」なんて言うけれど
「じゃあやってもできない子は誰よ?」って話。

そんな言葉、
「やりさえすればできるんだ」
みたいな変な意識を植え付けるだけで
あまりいい方向には働かない気がする。

「できる」ってのは「やる」ことが「できる」ってのも含むのだ。

「才能」になんて、何の価値もない。評価の対象になるのは、ただ「作品」だけなのだ。
親や教師はこういう核心をつくような言葉を
もっと使う必要があるんじゃないかな。

僕はといえばもしそう言われていても
結局変わらなかっただろうけど。
早い段階で気づいていてもやらなかったわけだし。

正確にはやらなかった部分とできなかった部分があって。
そもそも不要だと思ってやらなかったものはまあいいとしても、
これは必要だぞ、と思いつつ結局できなかったものもある。

僕の中には、まだマヨネーズが残っているはずなのだが、もう、その出し方がわからなくなってしまっているのだ。
まさにこれだ。
マヨネーズが残ってるかどうかは知らないが
とにかく出し方がわからないという面はある。

多分「やる」技術ってのがあるのだ。
これは多分やってれば身につく。

その存在を息子にはちゃんと教え、
ちゃんと身につけさせようと思う。

もちろん学校の勉強に限った話じゃないから
何だっていいと思うけどね。
この記事へのコメント
ボボコフさんが破線で囲った、まさにその部分が私も印象に残りました。
この部分って、学生のときは気づくことができない部分でした。
会社に入って、社会人の一人になったときに気づきました。
そして、気づいたときには、この筆者の方と同じように、やり方がわからない、って状態。
まさに今その状態。
しかし、私は20代なので、もしかしたらやり方を発見するのは今しかないのかも?
しかし、気力が全くついていかない。むむむ・・・
Posted by 夏海 at 2006年04月15日 20:32
担当している生徒には、いちおう言うてはおります。
「数学は授業ノートがどんなにきれいに取れてもしょうがない。
問題が解けてなんぼ、だ。」
と。

関連する内容の下書きを保存しているので月曜日にUPさせていただきますね。
Posted by (まめ)たぬき at 2006年04月16日 10:50
■夏海さん
僕は結局現在まで、趣味とか自分が好きでやりたい事以外の「やらなければいけない事」を必死にやったことがありません。
極力やらずにすむように知恵を振り絞って生きてきました。

するといざやろうと思ってもなかなかできないんですよね。
「やる」という事ができない。
今までサボった分頑張って何とかしないといけないですね。

■(まめ)たぬきさん
僕はノートほとんどとりませんでした。
科目に関わらず。
数学は計算を書くだけですね。

ノート提出を要求する数学教師に何度か出会いましたが
1度も提出しませんでした。
あれは解けない人の救済のつもりなんですかね?
だったら解けるようにしてやれ、と思ってましたけど。
数学がニガテな人ほどノート提出でカバーしようときれいにノートとるので余計にわからなくなるという悪循環。
Posted by ボボコフ at 2006年04月17日 02:08
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