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2006年04月06日 | 東京 ☀

水口日記。より

ゲームデベロッパーズ・コンファレンス:水口日記。
個人的にちょっとタイムリーだったので。

「N3・ナインティナイン・ナイツ」のプレゼンテーションの話。

「この戦争そのものの話ではありません。
この戦争を巡る各国メディアの報道の違いをよく観察すると、
そこには各国の立場の違い、文化や宗教の違い、
正義感の違いなどが存在します。

僕らは今、この報道の全てを、
インターネットを通じて、リアルタイムに、
見れる時代に生きています。

この視点の違いを体験させることができれば、
それはゲームにしかできない、
映画の線状的な、「勧善懲悪」を超えたところに、
新しいエンターテーメントの形が作れるのではないか、
と思ったのです。

ちょうどこんな話についてあれこれ考えたばかりだったので。

このソフトを韓国の会社と組んで製作しているという点が
非常に興味深い。

N3のシナリオは結構気になるなぁ。
2006年04月03日 | 東京 ☀

ゲームの評価の外部性

またゲームについて考えるシリーズ。

■ゲーム性について
時折綴る「子供にゲームをさせよ論」のコト:六百デザインの「嘘六百」
実はTVゲームというのは、遊んでいる人間を『褒める装置』なんです。問題を出して、成功したら褒める。失敗したらペナルティを与える。我々はこれを『ゲーム性』と呼んでいますが、これがまさに、TVゲームという装置の本質なんです。
実は意外と軽視されがちだった視点なんじゃないかと思う。

理想のゲーム:ゲーム脳人
これだけ技術が進歩したのだから
同じ道をたどりながらも
下手な人にはやさしめに、上手な人にはきびしめに
いわゆる、終わってみればどちらの人も同じような感想を持つような
ゲームはできないんだろうか?
これは最初のエントリと関係の非常に深い話で、
ゲームの歴史がもっとゲーム性に主眼を置かれたものであれば
この辺りにはもっと広がりが見られても良かったんじゃないかと思っている。


■ゲームの評価の外部性
ゲーム業界に広がる新潮流:発熱地帯
最近のゲームは、プレイヤーへのごほうびと評価という部分のコストが上がりすぎました。ストーリーと付随するムービー、アイテムやステージや隠しキャラなどのやりこみ要素。ある時点において、こうしたボリューム感は市場で成功するために必要でした。しかし今や、ボリューム感は疲れたゲーマー、時間の無いゲーマーにとって、マイナスに働くことさえあります。できる限りゲームの内部でごほうびと評価を与えようという路線は行き詰まってきました。
そもそも「プレイヤーへのご褒美・評価(褒めるしくみ)をゲーム性の基本部分以外の要素(ムービー・ストーリー等)によって与える手法」が主流になりすぎていた事が一番の問題点だと思うのだけど、とにかくその手法にも限界が見えてきた。

ではどうするか、となった時に出てくるのが
ゲーム評価の外部性という要素。
ゲームの評価の外部性という点では、「実用性」と「コミュニケーション」の2つが大きな保証ですね。

実用性とコミュニケーション。
コミュニケーションも実用性の内に入る要素だと思う(そこから有意義なコミュニケーションが生まれるならば実用的と言える)ので、広い意味で考えれば外部性=実用と言えるかもしれないけど。

単純に言ってしまえば、ファミコンブームの頃ならゲームが上手くなることに価値を見出した人が大勢いたけど、今では一部の人しか価値を感じないから、ライトユーザーを取り込むなら、プレイの評価の外部化が重要になります。
ライトユーザーを取り込むならプレイの評価の外部化が重要、
というのはその通りだと思うのだけど、
実はコアゲーマーにとっても重要なんじゃないかと思う。

ゲームの内容について、結果について、
あれこれ話をする相手なり場所の存在が無ければ
ゲームに対するモチベーションが下がるって人は
かなり多いと思っていて。
ゲーマーと言われる人の中でも、
本当に一人で完結する形で
ゲームを楽しくプレイし続けられる人って
かなり限られているんじゃないかという気が。

一応根拠になりそうなのは
多くのソフトが発売と同時にに売り上げのピークを迎え
後は一気に下降する、という売れ方とか。

多くの人と同時にプレイした方が、
コミュニケーションが生まれやすいから。

そういう意味ではゲーマーの方が
ライトユーザーよりもより恵まれた(?)環境にある可能性が
高かったりするんじゃないかな。

とにかくゲームとコミュニケーションは
元から強く結びついていたんだと思う。

■コミュニケーションデザイン
より広いユーザー層に訴える為には
その実用やコミュニケーションといったものを
もっと意識する必要性があるのは間違い無さそう。

ゲームデザインのこれから(12) コミュニケーションデザイン:ゲームのマボロシ
より幅広い人に楽しんでもらうためのコミュニケーションゲームにおいては、従来のゲームデザイン、つまりゲームルールのデザインとはまた違う、別のゲームデザインが求められているということが分かります。狭義のゲームデザインと分けるならば、「コミュニケーションエンターテイメントをデザインする」ということになります。可能な限り、人が人を褒めるようなコミュニケーションの場を作っていく、それがゲームデザイナーの目標になります。
実際にはここでいわれている狭義のゲームデザインと明確に線引きをする必要はないと思うけれど、コミュニケーションを意識してデザインするという視点は重要になっていきそう。

さらに引用記事中にはその具体的な方法論として
・メイクアップ
・ナンバー1でなくてオンリー1
という要素が挙げられている。
このメイクアップに注目。

「メイクアップ」は、キャラクターや自分の部屋などの外観を、自分の好みにカスタマイズして、それを人に見てもらって褒めてもらうという現象を起こす戦略です。どうぶつの森やアバターサービスなどの、外観のカスタマイズ要素がこれに当たります。
ゲームについて考えるで書いた
「プレイヤーの独自性」の話に繋がるんだけど、
ゲームというのは実は最初からこの要素を持っている。
プレイヤー独自の結果を得られる(と感じる)からゲームは面白いんだし。

あれれさんのエントリは
その部分を意識してデザインする必要性の話で、
その通りだよなぁと思う。

■まとめ
最近ゲーム考察系のブログなどでよく見られたゲームの評価の外部性に関する様々な考察は、結局本来ゲームが持っていたけれど意外と重視されない傾向があった重要な要素(ゲーム性、プレイヤーの独自性、実用・コミュニケーション等)を再認識、という話なんじゃないかと思う。
昔から一部で言われていた、ゲーム性が大事とか基本部が大事とかバランスが大事とかそういう話と世の中の流れが近づいてきたんじゃないかとも。

これは非常に良い傾向だと思っていて。

あれれさんが書かれている、
日本発のゲームデザインの波として、世界に発信されることになるのではないか・・・、と個人的には思っています。
この意見に僕も一票です。
2006年03月28日 | 東京 ☁

ゲームについて考える2

ゲームについて考えるというエントリで、
ユーザーの独自性が重要、と書いた。

ちょうど同じような話を見かけたのでメモ。

任天堂・宮本茂氏インタビュー
例えば、芸術と呼ばれているものは、誰か偉大な芸術家だったり作家が作るもので、私達がするのは、本を読んだり、音楽を聴いたり、絵を鑑賞したりすることです。しかしゲームというのは、先例のない形で提供されるインタラクティブな娯楽であると思います。

私がチャレンジしているのはいかにプレイヤーをクリエイティブ(創造的)にさせるかということです。もっと具体的に言えば、私達はプレイヤーに、次にどう動くか、どうすべきかということを考えて欲しいのです。こういう点がビデオゲームがビデオゲームたる点だと考えます。ですからビデオゲームは非常に異なるもので、参加を必要とする、既存の文化とは比べられない存在だと思います。

ゲームを遊ぶのは時間の無駄だと言う人もいます。しかし、プレイヤーはゲームをすることでクリエイティブになりある種の芸術家になっているのです。

横井軍平×森川幸人
ゲームというのは競い合いとか勝ち負けを意味する言葉なんですよね。最近のゲームを見ていると、それがメインじゃなくなって、小説を読ませようとか映画を観させようというような形のものが増えてきている。これは特にロールプレイングゲームなどに顕著で、確かにゲームをする部分はあっても、メインは開発者の作ったシナリオを読ませようとするところにあると感じるんです。だから、今のゲームをどう思いますか?って聞かれると、非常に困ってしまうんです。「今のゲームはゲームじゃないですよ」と答えることになるわけですから。
 ゲームの本質は競いあいであって、遡れば地球上の動物の子孫を残す戦いではないかと思うんです。

宮本さんと軍平さんの言葉。
大御所過ぎるw

軍平さんの「競い合い」という表現は限定的過ぎる気もするけど、ようはゲームはインタラクティブ、それが重要、という話。
宮本さんの言葉なんかはもうズバリで、プレイヤーはある種芸術家だと言っている。
これはそうしてしまえるゲームが偉大なんだけど。
プレイヤーに独自の色を出させるって話で。

偉大なクリエイターの発言は説得力があるなぁw

どうぶつの森、語られる

ショックだ。

僕が以前からずっとプッシュしていたどうぶつの森。
今や大ブレイクしたわけだけど、なんでプッシュしてたのかってのを書くべきかなと思っていたし、それを待ってくれてるらしき人もいた。
ざっとネットを見回しても、僕と似た視点の文章には出会わなかったし。

なので裏でちょっと気合入れて書いていた。
気合入れすぎてなかなかUPできずにいたんだけど。

そしたらなんと製作者本人が語ってしまったw
それもやはり本人だけあってズバリな内容。

「どうぶつの森」シリーズはいかにして今の形になったのか?― 任天堂 江口勝也氏講演
レボリューションでの開発を表明――ポケットの中のフランチャイズ? 「おいでよ どうぶつの森」のケーススタディ

「どうぶつの森」のおもしろさの要素を「ユニークな体験」と「経験の共有」にあると分析し、これがプレイヤー同士がお互いにコミュニケーションを行う鍵だと指摘した。
「あるプレーヤーのやったことが残っているフィールドと、それに対して何かをやりたくなるモチベーション、プレーヤー同士が話のネタにできる要素とプレーヤー同士を結びつけるさまざまな仲介要素、そして毎日遊びたくなる変化」
この辺りが書きたかった事に近い。

これ語られちゃったら僕が書いてることはただの後出しになってしまう。。
一応前フリだけは書いてあるんだけど。
「プレイヤーの独自性」と絡めて書くつもりだったんだよね。

しかし最初の企画はストーリーがあって魔王がいたってのに驚いた。
ホントに偶然生まれたソフトだったとは。

実は僕がこのソフトに注目してたのは理由があって。
大学卒業する頃、某ゲーム会社を受けた時にゲームの企画書を作った。
その企画内容が、当時まだ内容が全く明らかにされてなかった初代どうぶつの森にそっくりだったのだ。
企画書を提出して数ヵ月後、どうぶつの森というソフトの内容が雑誌等で明らかになって。
見れば見るほどそっくりだった。

当時、少なくとも発売前は誰も注目してなかったタイトルなのだが、僕はこんな経緯があったので待ちに待って発売日に速攻で買った。

プレイしてみて、あらためてそっくりで驚いた。

そもそも企画はどうして生まれたかというと、単純に僕の趣味から。
それは「ものを集める事」。
これに徹底的に特化したゲームを考えよう、というのが出発点。

もの集めに特化しよう。

ものを集める時、「交換」するのって面白いよなぁ。

通貨を無くして物々交換にしよう。

通貨が無いなら原始時代にしよう。

みたいな流れでどんどん膨らんで。

出来上がった内容をざっと箇条書き。
・原始時代
・家具・道具・服・肉・薬・植物・野菜などを集める
・通貨は無くどこでも物々交換
・自分の集落があり、COMの人々と暮らす。
・オンラインで他の集落に行くと他のプレイヤーと交流できる。
・そこからお互い自分の集落に来たり行ったりできる。
・現実と同じ時間が流れる世界。
・魚を釣ったり、狩りをしたりする。
・食べないと腹が減る
・病気がある。
・家具・道具・薬・野菜などを自作できる。

こんな感じ。
色々自作できるのがミソ。
オサレな家具作れる人とか野菜ばっか作る人とか。それぞれがまた物々交換で必要なものを手に入れたりコレクションを増やしたり。
狩りの名人が肉を提供して武器をもらうとか。

似た企画考えてたんだぜ!とか自慢げに言う気は全く無い。
集団ででかいマンモスとかを狩る要素もあったから、森+モンハンだ!とかとか言う気はもっと無いw
そんなもの世の中にはゴマンとあって、それを面白い形で実際に作れる人達が凄いのだ。
ただどうぶつの森がが売れるほど嬉しい気持ちはある。

僕が全くイメージしていなかった要素でこりゃすげえと思ったのは、同じ世界に複数のプレイヤーが住める事。
これがあるかないかは大違いで、ただただ凄いなぁと。
発明だと思った。

何故同じ時期に似た企画が思いついたかというと単なる偶然だけじゃなく、僕も64DDというハードを想定していたからだw
色んな意味で夢のハード64DD。

なので似たような流れで生まれた企画なのかと思っていたんだけど、魔王がいたなんて。
それはそれで面白そうだ。

とにかくこんなわけで、当初からどうぶつの森というソフトが面白いことは僕にとって当然だった。
自分が面白いと思って作った企画に似てるんだから。
なので最近になって巷で「何故こんなに売れるのか」とか「何故面白いのか」と言われてる事に疑問だったんだけど。

じゃあ何か書いてみようかなと思ってたら語られちゃいました。
モチベーションが激しく下がったので、適当に仕上げて適当にUPしようかな。
2006年03月19日 | 東京 ☁

ゲームについて考える

どうぶつの森の面白さについて書く為の前フリ。
これも昔から書いたりしてきた事の再構築。

■ゲームとは何か
まずゲームとは何かというと、
ゲームというのはインタラクティブな方法論を使って感情的なゆさぶりを演出するメディアです:発熱地帯
この記事のタイトルがズバリだと思う。
ユーザーからの入力に対して演算をして出力する。
その繰り返し。


■入力と出力
ゲームはインタラクティブなもの。
プレイヤーが入力し出力を得る事の繰り返し。

入力するにあたってプレイヤーは思考や判断(意思決定)をする。
その結果として出力を得る。

この「出力」、さらにはその積み重ねが、プレイヤーの思考や判断の結果として納得できるものであるかどうか、というのはとても重要。
出力として得られた結果もしくは現状は、自分の思考の結果であると思えるものかどうか。

そこに実感が無い場合プレイヤーは思考する必要性を感じられない。
するとそのゲームはゲームでなく作業になってしまう。

「納得できる出力」とはつまり「手応え」だ。
「こうしたからこうなった」という手応え。

プレイヤーの入力に対し、ちゃんと手応えを与えるというのは面白いゲームの前提条件。

■ユーザーの独自性
手応えについてもう少し考える。

プレイヤーの思考・判断に基づく入力に対して、手応えのある出力を返す。
それが積み重なるとどうなるか。
自らの思考・判断が蓄積されていくわけだから、そこにはプレイヤーの独自性が生まれる、もしくは独自性を感じるのではないか。

自由度の高いゲームであれば実際に独自性が生まれる。
自分だけのデッキ、自分だけの戦略、自分だけのキャラクター。。。
当然本当に「自分だけ」な筈は無いのだけど。
自由度が高ければ高いほどそれに近づく。

逆に自由度が低いゲームではどうかと言うと、実際には独自性は無くてもそれを感じさせる事はできるような気がする。
例えばゼルダ。
実は結構一本道で、大抵の人が同じようなルートを辿る。
しかし随所に「自分だけ」を感じる。
謎解きの絶妙なバランス調整によるものじゃないかと思うけど。(適当)
他にもテトリスなんかでも意外と人によって攻略法が違ったり。

ゲームがインタラクティブなものである以上、インタラクティブなやり取りの先に生まれるこのユーザーの独自性というのは重要なんじゃないかと思う。
この要素が弱いというのは結局誰がやっても一緒→作業という事になるし。

プレイヤーから「手ごたえ」を奪うゲーム:発熱地帯
ボスを倒した「手応え」が無いんですよ。
肝心のとどめを刺す手応えをデモがプレイヤーから奪ってるんです。これ、始めのボス戦でしょう。ある意味、一番大切なボス戦ですよね。せっかく簡単にしても、それは初心者にもまず楽しさを知ってもらって、ゲームに入り込んでもらおうという意図ですよね。だったら、肝心の手応えの部分は、しっかり味わってもらわないといけませんよね。デモがプレイヤーの出番を奪ってどうするんですか?
この例では、大事な場面をデモにしてしまう事で、それまでのインタラクティブなやり取りも結局「用意されている何か」にたどり着くまでの作業になってしまうという事じゃないかと。

そういう方向性だって突き詰めていくと新しい発明があるかもしれないし、それ自体を否定するつもりはないけれど。
やはりゲームはインタラクティブなメディアなわけで。
2006年03月08日 | 東京 🌁

ゲームらしいゲーム

「ゲームらしいゲーム」のレッドオーシャン化鮮明に:発熱地帯
DAKINIさんが言わんとしている事はわかるのですが、
「ゲームらしいゲーム」「ゲームらしくないゲーム」
という表現の使い方に違和感が。

無双やモンスターハンターはわかるけど
鬼武者より脳トレやどうぶつの森の方が
よっぽど「ゲームらしい」と思うので。

話の本筋と関係ないけど。

ゲームの話2

昨年末辺りから、ゲーム関連で面白い記事がたくさんあって、
僕も色々書きたかったんだけど
風邪ひいたりしてタイミング逃してズルズルと今に至る。

このまま触れないのは勿体無いから、
自分用メモも兼ねてそれらの記事と
思ったこととかをちょろっと書いてみる。

図解、イノベーションのジレンマ:Life is beautiful
「本当に次世代ゲーム端末なんて必要なの?携帯電話とか、ネットに繋がった他のデバイスに提供する新しいデジタル・エンターテイメントの方が面白いんじゃない?」
PS3危険とか言ってきたのはまさにこれ。

ノベルゲーム以外にストーリーなんて要らんよな、と極論:発熱地帯
あえて極論すれば、「ノベルゲーム以外にストーリーなんて要りません」。なんで極論するかっつーと、多くのゲーム開発者がいまだに「ストーリー病」にとらわれているからですよ。モチベーションの維持に有用とか、理屈はあるんですが。小理屈は。しかしね、この20年ほどの間に積み上げてきたもので、あって当たり前のものになっただから無いと不安になるというのが実態でしょう。ユーザーはもう要らないと思っている(または、特に欲しがってない)のに、開発者が必要だと必死に思い込んでいるもの。
メテオスとか典型的。

ゲームデザインのこれから(12) コミュニケーションデザイン:ゲームのマボロシ
これは非常に面白いエントリ。
色々書きたかったけどタイミング逃したw
実用とコミュニケーションというキーワードは
かれこれ10年近く前に嫁さんが言ったある一言以来
ずっと頭の片隅にあったもの。
時間があったらこれ関連の話は書いてみたいんだけど。

売上は大切だが、期待に応えるのも大切:発熱地帯
脳トレは仕様を聞いた段階でゲームだったし
英語漬けは同様に実用ソフトだったと思うんだけど。
ゲーム機で実用ソフトが出た方がいいと言いつつ
英語漬けは実用寄りすぎると言うDAKINIさんの意図が
イマイチよくわからんかった。

ゲームデザインのこれから(14) 最終回:なぜゲームは売れるのか:ゲームのマボロシ
面白さが大切というのは、
僕がずっと主張してきた事そのもの。
ニンカフェにも、
ゲームを「基本部」「演出部」に分けて
基本部を大事にしなければ!とか
グダグダと書いたんだけど同じ話。
あの話は反響無かったし恥ずかしいから
あえてここには持ってこなかったんだけど。

ただこの記事で失敗例としてあげてるソフト群て
そもそも狙いが違うから失敗じゃないと思うんだけど。

プレイヤーから「手ごたえ」を奪うゲーム
見せ場を作るのがいけないのではなくて、見せ場がプレイヤーから手応えを奪うから問題なんです。そもそも何のための見せ場なのか、ゲーム全体の中での役割は何なのかを考えれば、本来シンプルな話のはずです。
この傾向はずっと前からあって
僕もあれこれ言ってはいたんだけど、
そうか手応えって言えば良かったのか。

全体を通して思うのは
僕なんかが64の頃から思っていた事が
ここにきて一気にあちこちで書かれだしたという事。

僕は前から言ってたぜ!とか
そういうしょーも無い事を言いたいんじゃなくて。
個人の好みの問題で、
僕はゲームに対してこういった面を強く求めていたから
早い段階で気になっていたどいうだけの話なんだけど。

それがあちこちで言及され、
数字にも表れだしたという事は
いよいよ何とかしなければいけない時期に来たんだなぁと。

ロックの名盤がおい森に

こりゃ凄い。

ロック名盤32選

T-RexとかKing CrimsonとかNirvanaとか
Primal ScreamとかSonic Youthとかスゲェ。
つーか全部スゲェ。
よくできてるなぁ。

ちなみに僕は最近おい森は小休止中。
たまにお手入れする程度。
マジバケがひと区切りつきそうなのでボチボチ再開予定。
春になった事だし。
みんなまだWiFiやってるかな?
2006年02月28日 | 東京 ☁

DSLite先行入手情報

発売日には瞬殺が予想されるDSLite。
しかしその一方で先行入手情報も。

NintendoDSLiteを独占先行入手:ニャー速。

Lite凄すぎ。
2006年02月27日 | 東京 ☁

任天堂バッシング

ニンテンドーDS Lite絡みの一連のドタバタや
MOTHER3のデラックスボックス等が一部で叩かれているようだ。

「ニンテンドーDS Lite」アイスブルー、エナメルネイビー発売日延期のお知らせ:任天堂公式サイト
MOTHER3 DELUXE BOX:ほぼ日刊イトイ新聞
蟻の一穴:忍之閻魔帳
新商品「任天堂の約束」、今は旬やで(^ー^ ):すーきー's キングダム
最近、任天堂がおかしい。:任天堂新聞

DS Liteのドタバタは確かに対応がマズい。
TVCMがそのままの形で流されまくってる現状。
これに対してバッシングするのはわかるし当然だと思う。
僕もLite購入予定なので、おいおいどうなってんだ?と怒り気味である。
その点で擁護する気は全く無い。

しかしその流れで関係ない事までバッシングしてるのはどうか。
忍之閻魔帳さんの記事が一番公平な視点で冷静な指摘だと思う。

気になるのはMOTHER3のデラックスボックスについて。
GBMの在庫解消目的だとかなんとか。
それからGBMの普及に今後力を入れていくつもりがないとか。
それらの何が問題なのかわからん。

そもそも普通に考えて、
GBMって長期的に売っていく事を想定してないハードだと思うんだが。
発表の段階でそれは普通に感じ取れたはず。
既にソフトも充実、DSの存在によって
やや旧世代機的な位置付けになりつつあるGBAの新型。
需要はあったわけだから投入する意味はあった。

しかしユーザー視点で見て今後もGBMに力を入れて
売っていかなければいけない理由って何?
GBMでしか動かないソフトがあるわけでもないし、
GBMが普及しなければGBMユーザーが困るわけじゃない。

MOTHER3のデラックスボックスだって、
気に入らないなら買わなければいいだけの話。
受注生産ならば、
在庫処分で無理やり捌いて供給過多で値崩れして・・
なんて事にもならないわけでしょ?
GBMという商品の性質とMOTHER3というソフトの特性を考えると、
これをセットにする事による需要はある程度あると思うし、
欲しい人が買っていらない人は買わなければいいだけの話。
何を騒いでいるんだろう?

同梱するならDSにしろなんてのは完全におかしい。
単体で全然供給が足りてない現状で同梱なんてしたら
それこそ問題でしょ?
ある意味抱き合わせ販売みたいな事になるわけで。

というわけでGBM関連のバッシングは筋違いだと思う。

GBMに対しての不満と言えば
フェイスプレートを早く出せ、というのはあるけど。
あれは出す事を匂わせていたんだしとっとと出すべき。

そんでもってやっぱりLite絡みの対応はマズいので早く何とかしないと。
と言ってももう発売目前だけど。

それから従来型のDS少なすぎ。
上位機種Liteを発売します!はいいけど
店にLiteしかありませんてのはやっぱ違うと思う。
昨年末辺りから極度の品薄なわけだし。
そう考えると一番問題なのはこの点な気がする。
2006年02月22日 | 東京 ☀

ゲームの話

ここにちょっと真面目にゲームの話を書きたいんだけど、
なかなか時間が無かったりタイミングが合わなかったりで
書けないままでいる。

で、書くにあたって自分が過去にしてきた発言が
ここに蓄積されてないから書き辛いって面もあるので、
とりあえずニンカフェの過去ログをガーっと読み返して
自分の発言を適当に抜き出してもって持ってくる事にした。
これをやっておくと自分の立ち位置みたいなものが明確になって
後々ゲームの話が書きやすいので。
ただ多くの人にとっては何の話かわからんような内容なので
適当にスルーして下さい。

しかし読んでて面白かった。2年前位からのログが残ってるんだけど
こんな話してたなぁとか思いながら一気に読んだ。
自分に振られてた話を気づかずにスルーしてた事に今頃気づいたりも。
とにかくガガっと抜き出してみる。

(注)基本的にエラそうな口調だです(汗
掲示板でお互いの意見をぶつけ合う中の記述なので。
それから読み返して、いい事いってるなぁwと思った内容なので
どことなく自慢気ですw

2004/02
DSの第一印象は「面白そうなハード」ですね。仕様の面でも戦略の面でも。
2004/02
DSのウリとは違うかもしれませんが無線搭載。
DSに限った機能ではないのでちょっと脱線かもしれませんが僕はここに一番注目してます。どの程度の性能なのか。
ポケモンの話も出てましたが、これはもっと大騒ぎしていい画期的なモノだと思ってます。ネトゲですからこれは。
DSが2画面、無線という話が出た段階で。
2画面どうよ?って話ばかりの中で
ネトゲだ!って言ってたのは自分で読んで驚いたw

何度も言ってますがPSPもPS3も普通にコケる可能性が大いにあると見てます。
多機能ハードは載せる機能を時代にピタリと合わせないといけないですから。
これも同時期の発言なんだけど、
この主張はずっと前からしつこいくらいしてるw
PSPは予想以上に売れてるけど
こんなレベルじゃ成功とはとても言えないと思う。

僕もXBOX2は面白い(成功しそうという意味)と思ってますが、王道だとは思わないです。
というか、今までの業界の流れからいけば王道と言えるのですが、その流れ自体が間違っていると思ってるので。
僕はムービーゲーを否定しません。
ゲームはあらゆる可能性があっていい。映画的表現を追及したもの、歓迎。
ですが、業界全体としてそれが主流であり、その方向に突き進んでいくという事になると話は別で、それはおかしいと思います。
2004/03
ファミコンミニのスーマリが売れてます。
もはや懐古だのコレクターだのという話では説明できない売り上げになってます。
スーマリの基本部の良さが未だに通用するのだと見てます。
僕はゲームはあまり進化してないと思ってましたが、それが結果に現れたのだと思ってます。
横スクロールアクションは無数にありましたが、基本部のデキでスーマリを越えるものはいくつも無いと思ってます。
子供が今はじめてスーマリ遊べば、画像がショボくても新鮮な面白さがあるでしょう。
2004/03
手軽に暇つぶしができる面白いゲームってのもかなり需要があるはずなんです。
演出部に凝ったゲームばかりじゃなくてもいいはずなんです。
これはファミコンミニやGCのメイドインワリオで長年抱いていた疑問に明確な答えが出たと思ってます。
アイデア勝負、軽くてサクッと遊べるゲームを安く作るってのは大作を作るのと平行してやるべきです。
大作、続編傾向、演出部過多傾向によってゲームを離れてしまったユーザーは多いはずです。

軽いゲームもあるにはありますが、もはや一般人には良くわからない。
ファミコンミニのヒットは、そんな層にも内容がわかるってのが一因としてあると思います。
少なくともゲームを離れてたユーザーに興味を持たせる事に成功したのは良い傾向です。
この流れを大切にすべきです。

それから軽いゲームと大作は値段で明確に区別するべきですね。
開発コストが全く違うわけですから。
最近ようやくその傾向が出てきましたが。

良い方向に向かう流れになれば、NDSはかなり強力なハードになる可能性があるんじゃないかなぁ。
タッチジェネレーションが見事に流れを引き継いだ。
ここまで見事にやるとは思わなかった。。

スーマリやって、「ピーチ姫を救う為の作業」と感じた人はあまりいないでしょう。
最近日本のゲームの多くはRPG的というか、アクションだろうがなんだろうがストーリーとか盛り込みすぎな気はします。
本来「ゲーム」なのはその「過程」なわけですから、「ゲームがめんどくさい」というのをよく聞くのは何かバランスがおかしいんだと思うわけです。
ストーリーや映像で見せるゲームの否定じゃなくて。
僕の基本部演出部の考えだと、Rezは本来演出部のはずの「音楽」を基本部として使ってるので革新的なんだと思います。
常にトランスを流してるわけではなく、特定の状況でプレイヤーが「撃つ」というアクションをした時の「リアクション」として音楽が広がるんですね。
リアクションにした事でトリップ感が高まってると思います。
この頃、「ゲームを基本部と演出部に分けて・・」みたいな僕のゲームの見方の話をだらだらと書かせてもらって、自分では面白かったんだけどあまり反応が無かったのはつまんなかったからだなきっとw
本当はその話丸ごと持ってきたいんだけど
長すぎるし一度却下されたような話だしやめとく。

2004/10 「ゲームを卒業する」事について
僕は「暇つぶし」できるゲームが減少している事が原因の一つだと思います
2005/02
終わりが明確なゲームはあまりやりたくないです。
いつまででも遊べるものが理想。
きみしねを回避したのは一度遊んだら終わりになりそうだからであり、
バンブラとヒトフデを買ったのは延々と遊べそうだから。
好きなゲームには
カードヒーロー、スポーツもの、ガチャフォース、
ダビスタ、どうぶつの森等のひたすら遊べるものが多く、
普通のRPGはあまりやらないです。
例外的なものは逆転裁判ですね。
僕にとってゲームは常に「その時」が大事。
クリアの為、ストーリーを進める為に遊ぶというのはちょっと違うんですよね。
最近はクリアするゲームが少ないのですが、ゲームが面白いか、自分が満足したか、というのと
クリアしたかどうかというのは別です。
クリアしなくても楽しめれば満足。
なのでクリアする事で面白さが完結するようなストーリー性重視のゲーム最近遊ぶ気になりません。
クリアまで遊ぶ保証はないので。
最初だけひたすらプレイしても楽しいものがいいです。
ゲームは昔から遊びだったのでは?
僕は遊びという認識でした。
もっと言えば遊び道具?
なので消費するものではない。
面白い遊びは時代を超えて面白い。
能動的に遊べる要素が多いゲームが好き。
SHIMAさんに教えてもらったサイトでgameとtoyという話が出ていたんだけど、ここらで話していたのはそれと同じ話。ゲームは過程。というわけで僕が面白いと思うのはtoy。
というかgameとtoyを分けて考えるのはおかしいと思う。

PS2のDVD搭載は奇跡的と言える程の
ドンピシャなタイミングでした。
もう一度狙うのはかなり難しいですよ。
しつこいw
(PS3のPS2超えに関して)
先行する2陣営(任天も先行すると仮定)の立ち上げがどうなるか、早い段階でPS3向けソフトラインナップ(独占)を揃えられるか、価格をどこまで抑えられるか、BDの需要は順調に伸びるのか?など不確定要素は結構ありそう。
全て上手くいって初めて達成する可能性ありかと。
流石に難しいのでわ。
2005/06
PS3は今の仕様のままでは
春に間に合わないのでは?と思ってます。
僕はPS3よりレボが先、もしくはほぼ同時だと思ってるので。
古い発言が見当たらなかったんだけど、
PS3の発売時期発表当時からそのタイミングでの発売は無理と主張。
一時2005年末なんて話が出た際は絶対無いので完全にスルー。
だってBDの規格でもめてたのに出るわけ無いじゃん。
ソフトも間に合わないし。

XBOX360。
大昔に想像していたよりシンプル。
おそらくPS3はこの路線にならない事から、
僕が以前より言っていた
「PS3とXBOX2がガチンコ対決してMSの勝ち、
任天堂は独自路線で2位確保?」
的な状況にはならなそう。

任天堂も完全に独自路線で・・とはいかなそうな展開。
価格もそれなりに抑えてきそうだし。

で、PS3なんですがこれが単独でコケル可能性はまだ十分ある。
その場合XBOX360が一気にトップ(国内でも)の可能性もまだあるかと。
同時に任天堂トップの可能性まで出てきてしまったような。
360の仕様が見え始めた時期。
まだ360は国内でも結構やれると思っていた。
価格やロンチタイトルが発表された時点で無理だとわかったけど。
やっぱりMSがやる気あったのかよくわからない。

ゲームはゲームであればいいと思います。
他の娯楽を変に意識する必要は無いかと。
ゲームの魅力が足りないから他の要素でごまかす、
結果として他の娯楽を意識する必要が出てくる、となるのかと。

あ、でもDSでやろうとしている事の否定では無いですよ。
ゲームの枠自体を広げる事とゲーム以外の要素でごまかすのは別の話ですから。
んー。
ゲームに関して僕は何となくこんな事を思ってるわけです。
ふぅ。やっと先に進めそうだ。
ここから先はまた時間がある時に。
2006年01月27日 | 東京 ☀

DSソフト案

先日ふと思ったんだけど。

ナンプレとかクロスワードとか
お絵かきロジックといったパズルを解いて送ると
プレゼントが当たるような雑誌って沢山あるでしょ?

それらのパズルってそんな紙媒体よりも
DSの方が遥かに相性が良いと思って。
書くのも消すのもワンタッチ。
紙が傷んだりしないし。
手軽に持ち運べるし。

で、さらに新作のパズルの配信、
そして解答でのプレゼントの応募。
これWiFi通信でできるんじゃないかなと。

ある程度の問題数を収録したソフトを販売して、
懸賞用の問題はネットで配信、応募もネットで。
本いらない、ハガキいらない、切手いらない。
地球に優しく手間が省けて良い事ずくめ。

今のDSは主婦とかさらに高めの年齢層にも普及してるし
結構面白いんじゃないかと思うんだけど。

ってな発想は安易かな?
2006年01月26日 | 東京 ☀

DS新型関連で雑感

このタイミングでの新型投入には驚きが大きい。
ただ2月は絶対ないだろうけど
3月ならほんの少し可能性ありかな?とも思っていて。

そのほんの少しの可能性が気になったってのもあって
今年の頭に買うつもりだった2台目のDS探しを
一時中断してたんだけど。

若干だけど3月の可能性ありと思った理由
・現状の品切れ具合が酷い
・最近の商品説明会で、中高生層の弱さに言及、
 3月以降のRPG攻勢でその層を狙うとアピール
・聖剣伝説の発売日が微妙にずれた
・今年投入するのなら、早くしないとレボと被ってマイナス
・アメリカではPSPと接戦

んー、こんなとこか。

でもそれらを全部ひっくるめても
DS絶好調の今出す必要ないのでは?って思いの方が強かった。
新型を中高生獲得狙いで投入する場合は
サードのそれっぽいタイトルと同日がいいとは思ったけど
聖剣じゃ正直その狙いから少し外れる気もするし。。

結局そこまで自信ないからここには書かなかったんだけど。

一応書いとけば良かった。
後出しカッコ悪い。

他にも年末年始に書く予定だったゲーム関連の話が
タイミング逃して放置されてるんだけど書いとくかなぁ。

しかし2台目買うの待ってたのはホントに良かった。
この値段なら新型がいいや。
2006年01月24日 | 東京 ☀

英語漬け売れるでしょ

いよいよ発売される、
英語が苦手な大人のDSトレーニング えいご漬け

脳トレや頭塾が軒並みミリオン達成する中、
学習色の強い今作は流石に、、って意見も結構見かけるが、
いずれミリオンいくのは間違いないんじゃないかと思う。

内容が本当に役立つって話になれば
さらにその上も狙えるんじゃないかと。。

以前友人とも話してたんだけど、
日本人なんて大抵英語が苦手だと思ってるわけで。。。

僕は英語よりもロストマジックなんかが気になる。
意外と評判いいみたいで。
密かにWiFiに対応してるんだよね。

とりあえず転職が決まるまで買わないけど。
森ともっと脳トレがあるし密かにメテオス熱再燃してるし。。
2006年01月06日 | 東京 ☁

もっと脳トレ購入

昨日立川ビックにて。

が、DS本体はやはり完売。
どこにも無い。

任天堂が公式にお詫びを出すくらいだから深刻だ。
「ニンテンドーDS」品切れのお詫び

DS大捜索がネタになってしまうほどだ。
編集長のDSを手に入れろ!ジーパラDS探検隊、東京を行く

ヤフオクなんかでは定価より高値になってるようだ。

僕は今日昼休みに会社周辺を探してみた。

あった。
三鷹のゲオに。
blue.jpg
ブルーだけ。

全色の中でどうしても買いたくないのがこの色だったので
折角発見したが諦めた。
まだあるかもしれないので欲しい人はGO!

あ、そうそう、もっと脳トレ。
面白い。
まだ1度しかやってないけど
前作より僕は今作の方がいいかな。
ちょっとゲームっぽくて。

久々に脳トレ

もっと脳を鍛える〜が発売されたが、
その前に旧作をもう一度やっておこうと思い
かなり久々に挑戦してみた。

すると。

donata.jpg

をいをいそりゃないだろw
教授こそ脳トレやっとけと。

ちなみに29歳だった。
20代が維持できてればまあいいだろう。
2006年01月04日 | 東京 ☀

DSが消えた

嫁さんもそれなりに森とかやるので、
DS2台目を購入する事にした。

僕は今後もっと脳トレメトロイムピンボール
信長の野望DS辺りを買うつもりだし、
会社に僕がDSを持って行っても
嫁さんが家で森とか脳トレとかできた方がいいかなと。
正確には、やってくれた方が僕的にいいかなと。

というわけで張り切って2台目買いに行った。
ついでにもっと脳トレも。
金は数本ソフトを売って無理やり作った。


が。

どこにもない。
DS本体ももっと脳トレも。

ついでに言えばどうぶつの森も。

いくつかのゲーム屋おもちゃ屋をまわったがダメ。
仕方なくりけんさんと僕のとっておきの店へ。
誰もその店の存在を認識してないような超穴場。

が、無い。
やっぱり無い。

年末からDS市場大爆発は話題になっているが
年が明けていよいよ深刻な品切れ状態のようだ。

早く入荷してくれ。
Amazonで買うのとどっちが早いか、、悩む。





ニンテンドーDS ピュアホワイト
任天堂 (2005/03/24)
売り上げランキング: 56

2005年12月27日 | 東京 ☀

僕の村を開放します

森もマリカも
なかなかWiFi通信する機会が無い今日この頃。

僕は深夜しかなかなかプレイできないのだが
折角だからもう少し早い時間に村を開放してみようかと。

今日から、気が向いた日は夜8時頃とかから
村の門を開けて放置してみる予定なので
開いているのを見かけたら立ち寄ってみて下さい。

まだまだ個性も何もない村だけど。

果物獲ったり木を切ったり穴掘ったり
廃品回収したり落し物とったり
たぬきちの店で買い物したり買い物したり
買い物したり
基本的に何やってくれてもOKっす。

あ、でも果物のなる木は切らないで。。
それから赤カブは埋めたばかりなので
取ってもあまり意味無いですから!

でもそもそも来れる人が数人しかいないよ。。。
2005年12月07日 | 東京 ☀

フリーセル 865

865がちょっと難しかった。

第一印象は慎重にやらないと負けるかも?という程度で
じっくりやれば大丈夫だと思ったのだが、
2回も負けてしまった。。

くそう。

現在867まで終了。
2005年11月11日 | 東京 ☀

アソビ大全

密かに発売日に買って、
スタンプラリーをとりあえず1度クリアし、
チャレンジも半分ほどクリアしていたのだが、
今日起動した瞬間、
「セーブされているデータが壊れているので
全て削除します。」
みたいな表示が出て一瞬で消えた。

・・・。

スタンプラリーは大嫌いなババ抜き(運ゲー)とか
恐ろしく退屈な坊主めくりやすごろくなんかも
頑張ってやったのに。
DSでもソリティアやる羽目になるとは、、
と思いつつ頑張ったのに。

あとはのんびり
好きなゲームだけやろうと思ってたのに。

他のソフトに比べればダメージ小さいけどさ。

この前プレイ中に突然ソフトを認識しなくなって
フリーズしたりもしたんだった。

本体故障ぎみか?

息子にDSを自由に触らせてるせいか?
投げたり落としたり叩き付けたり
やりたい放題やってるけど。
さすが任天堂ハード!なんて思ってる場合じゃないかも。

どうぶつの森で消えたらマジでシャレにならん。
修理とか出すべきか?
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